沖妙以外にほんのりですが他カプ要素があります。
閲覧の際はご注意ください。
「死ねクソチャイナァァアァァ!!
「んだとこのクソガキャァアァァッ!!」
出会ったとたんに喧嘩を始めた沖田と神楽に、妙は出来る限り自然な笑顔を作った。
殴り合いを続けるふたりを保護者的な立場で傍観を決め込む。互いに暴言を吐きながらも、ふたりのその表情は活き活きとして楽しそうだ。
近くにあった茶屋の長椅子に腰を下ろし、妙はぼんやりとその様子を眺めた。
胸のもやもやには気付かないフリをして、出されたお茶をすする。
この厄介な気持ちに気が付いたのはいつのことだっただろう。
会うと高鳴る心臓、無意識に探してしまう彼の姿。彼を想う時、胸はじんわりと温かくなった。しかし、それと同時に芽生えた自身の醜い気持ち。
苦しくなる胸に我慢しきれず同僚に相談すると、それは恋だと指摘された。
信じられなかったが、もしそうだとしたらきっとうまく説明がつく。
しかし恥ずかしい話、生まれてこの方、恋なんてしたことがないのだ。
友人の話を聞く限り、恋とは甘く、時に切なく、素敵なものなのだという。
今の自分の想いが恋なら、なんてひとりよがりなんだろうと妙は思う。
彼、沖田総悟が好きだという気持ちに偽りはない。しかし、彼に自分の気持ちを押しつけるのはエゴだ。
神楽のことが好きな彼に、わざわざ自分の気持ちを伝えることなど出来はしない。それなのに、自分を見てほしいと願う気持ちが治まることはなかった。
嫌な女だと妙は自嘲気味に笑う。
こんな醜い気持ちが恋なはずがないのだ。
恋であってはいけない。
神楽は大事な妹のようなもの。優しい神楽を傷つけることなどしたくない。喧嘩しつつも、あのふたりはお互いを認め合っている。似合いのふたりだと誰もが思うだろう。自分の想いは、忘れるまでそっと胸の中にしまっておこう。幸い、自分の感情を隠すことには慣れている。何でもないフリをして、ただ笑っていよう。大好きなふたりの仲を壊したくはないし、笑っていてほしい。
(違う。本当は自分が傷つきたくないだけ)
妙は首を振って、うつむいた。
(嫌な女。好きっていう綺麗な気持ちすら、持てないなんて)
膝の上で重ねた手をきつく握って、目を閉じる。
忘れなければ。こんな気持ちは。
ドカバキと物騒な音をたてながら喧嘩を続ける二人に視線を移し、妙は笑った。
***
「ほんっとにムカつく奴アル!」
神楽は妙に買ってもらった酢昆布を勢いよくかじりながら、先ほど会った少年の悪態をこぼしていた。
「人間のくせに私とやり合えるなんて生意気ネ!」
妙は笑って、神楽に二箱目の酢昆布を手渡す。
神楽はそんな妙の顔を覗き込み、眉をハの字にした。
「アネゴ、どうしたネ?なんだか元気ないように見えるアル」
神楽の心配そうな表情に妙はちくりと胸が痛んだのを感じる。
何かあったアルかと尋ねてくる神楽に、妙はやんわりと微笑んで首を振った。
「…ねぇ神楽ちゃん」
「何アルかアネゴ」
尋ねようとしたことを、もう一度胸の中で繰り返す。
笑顔は保ったまま、神楽に質問を投げかけた。
「神楽ちゃん、恋してるでしょう?」
「っんなっ!なっ、何でそう思うネ!」
頬を赤らめ、明らかな動揺を見せた神楽に妙は心の中のざわめきを悟られぬようにっこりと笑う。
「ふふ、だと思った」
「…アネゴには敵わないネ」
恥ずかしそうに視線をそらす神楽の頭を優しく撫でた。
「その人はどんな人なの?」
「…気に食わない奴ネ」
妙の問いに、神楽はぶっきらぼうにそう言う。
照れ隠しであろうそれに妙は思わず苦笑した。
「…口うるさくて生意気アル。いつまでも私のこと子供扱いするネ」
神楽はぽつりぽつりとその人物について話し出す。
その言葉に妙は静かに耳を傾けた。
「私より弱いくせに、私のこと守ろうとするアル。見てられないヨ。それに、いつも怒るくせに何だかんだで優しいネ。でもあいつは誰にでも優しい奴アル。…気に入らないヨ」
うつむいたまま顔を上げようとしない神楽の肩をそっと抱いて、あやすように叩く。
小さなころの弟を見ているようで、つい笑みがこぼれた。
「神楽ちゃんはその人が大好きなのね」
「…認めたくないアル。でもやっぱりそうみたいネ」
恋をしている神楽は可愛らしく、純粋にその人を思う姿はいつもより彼女を綺麗に見せた。
それに比べて自分は一体何なんだろうと妙は拳を握りしめる。
こんな探るような真似をして、どうするつもりだったのだろう。
自分のずるさに嫌気がさして、反吐が出そうだった。
この気持ちは忘れた方がいい。
神楽のためにも、彼のためにも。
そして自分のためにも。
このまま想い続けるのは辛い。
自己嫌悪に陥るだけだ。
醜い気持ちに、蓋をしよう。
きっと、潮時だ。
(ごめんなさい、神楽ちゃん)
「神楽ちゃんのその気持ち、大事にしなくちゃ駄目よ」
「…あいつは鈍いからきっと気付かないアル」
「大丈夫。きっとうまくいくわ」
「アネゴ…!ありがとうネ!私頑張るヨ!」
「応援してるわ。頑張って神楽ちゃん」
きっとうまくいく。
神楽と沖田なら似合いの恋人になるはずだ。
最後の言葉を自分に言い聞かせるように、妙は神楽を抱きよせた腕に力をこめた。
***
「隊長ー」
地味な声に呼ばれて振り向いた先には、やはり存在も地味な山崎がいた。
手には何やら白い紙を抱えている。
「…今なんか失礼なこと考えませんでした?」
「地味な癖に、洞察力だけは鋭いらしい。生意気な奴だ」
「ちょっとォォォオォ!思ったことが口に出てるんですけどォォオォ!」
叫ぶ山崎に眉をひそめながら、沖田は短く舌打ちをした。
「なんの用でィ」
「あ、これ土方さんからです。期日は明後日までだそうですよ」
ドサッと机の上に紙の束を置いて、山崎は淡々とそう言う。
基本的にデスクワークは嫌いな沖田は、この書類の山をどうやって山崎や土方に押し付けるかについて考えを巡らせた。
「隊長」
「なんでィ、まだなんかあんのか」
「隊長は、万事屋のとこのチャイナさんと付き合ってるんですか?」
「………………………………は?」
山崎の問いかけに、沖田はたっぷり3秒以上の間を空けて聞き返す。
沖田の頭の中の仕事を押し付けるための算段が全部真っ白になった。
「…どっからでィ。その胸くそ悪ィ情報は」
「ね、姐さんが…」
「…姐さん?」
山崎の返答に沖田は目を丸くする。
「…どういうこった」
「この間偶然会って、話してたら姐さんが」
「言ってたってェのかィ?」
「言ってたんじゃないんです。ただ、姐さんはそう思ってたみたいだから」
「………」
山崎は地味でミントンが趣味でも監察方としては優秀で、洞察力・観察力は優れているし人の感情の機微にも聡い。
その山崎が言うなら、きっと間違いないのだろう。
沖田は勢いよく立ち上がり、障子を開け放った。
「隊長!」
黙って振り向くと、心配そうな、でもいつもより幾分かきりっとした表情の山崎と目が合う。
「ちゃんと伝えて下さい。自分の気持ち。局長とか副長とか万事屋の旦那とかいろいろ問題はありますけど、姐さんが笑っていてくれたらみんな、きっとそれが一番だと思います。泣かせたりなんかしたら、みんなも、俺も、許しませんよ!」
途中で噛みそうになりながら、それでもはっきりと山崎は告げた。
沖田は肩で息をする山崎を一瞥し、そのまま廊下を走り去る。
「みんな姐さんが大好きなんです。そんな姐さんが選んだ隊長だから、しっかりしてくれないと困るんです…!」
囁くように呟いて、山崎はうつむいた。
『…わかってらァ』
去り際に沖田が残した言葉に、苦笑が漏れる。
帰ってきたら、きっと自分はひどい目に合わされるだろう。
でも、妙が笑ってくれるならそれでもいいと山崎は小さく笑った。
「頑張って下さい、隊長」
***
「アネゴー」
「なあに」
妙の膝に頭を預ける神楽が甘えた声で呼びかける。
神楽の桃色の髪を梳きながら、柔らかな声音で妙も返事をした。
「アネゴは好きな人いるアルか?」
「え?」
「アネゴも恋してる顔アル!アホな男共はごまかせても私の目はごまかせないネ!」
神楽の空色の瞳が無邪気に孤を描く。
妙は困ったように、そうね、と笑った。
ふと頭をよぎった彼の姿に、妙はそっと首を振る。
「私は」
「姐さん!」
妙の言葉を遮って、オクターブ低い声が庭に響いた。
声のした方向を振り返ると、眉間に皺を寄せた少年がひとり。
その姿に、妙は自分の胸がドキリと大きな音をたてたのを感じた。
「げっ!サド!何しにきたネ!」
「テメェに用はねェよチャイナ。俺は姐さんに用があって来たんでィ」
あからさまに嫌がる神楽をやや億劫そうに睨みつけ、沖田は妙に向き直る。
沖田の視線が妙を捉え、妙もまた不安気に沖田の瞳を見つめ返した。
どこか緊迫したその雰囲気に、神楽も口をつぐむ。
「…姐さん」
「…はい」
低く自分の名を呼ぶ声。
嬉しいと感じてしまった自分はなんて愚かなんだろう。
沖田の視線から逃げるように目をそらし、また拳に力をこめる。
でも、握ったのは神楽の柔らかい手の平で。
逃げ腰になる妙を励ますように、神楽は妙の手をしっかりと握った。
「聞いて下せェ」
「何かしら?」
「俺にはずっと好いてる人がいましてねィ。どうしても、俺のモンにしてェんでさァ。でもそれにしたって、どうにもライバルが多いもんで、なかなかうまくいかなっくねィ」
「…そうなんですか?でも沖田さんくらい素敵な人なら、どんな女の子でも夢中になると思いますけれど」
にこりと笑ってみせて、空しさに胸の痛みが増した。
どうしてこんな話を、と思わずにはいられない。
沖田の真剣な表情が、妙の心を余計にかき乱した。
「その人は、強いお人なんでさァ。腕っ節も、俺たちの局長がやられちまうくらい強い。でも、心の強い人でねィ。いつだって人のことばかり考えて、辛いときだって笑ってる。そんな人なんでさァ」
そう言う沖田の顔は真剣で、そして優しい。
耳を塞ぎたくなるのをどうにか我慢して、妙は相槌を打った。
「いつからか、守ってやりてェと思うようになっちまっててねィ。好きになっちゃいけねェお人だったのに、もう後戻り出来ないくらい、好きになっちまってたんでさァ」
少し切なげな声が、妙の胸をしめつける。
耐えきれなくなってうつむいた時、優しい声が妙の名を呼んだ。
「姐さん…、いや、お妙さん」
「……」
「俺は、アンタが好きでさァ。チャイナなんかじゃなくて、アンタが、好きなんでさァ」
紡がれた言葉に、妙は耳を疑った。
おそるおそる顔を上げると、真っ直ぐに自分を見つめる沖田の姿。
「…え?そ、そんな……!」
わけがわからずに、首を左右に振った。
だって、彼が好きなのは神楽で、神楽が好きなのは彼、だったはず。
なのに、どうして?
何が、起こってるの?
今の状況に頭が追いつかない。
混乱する、というのはこういうことなのだろうか。
なんと返せばいいのか、妙の頭には何も浮かんでこない。
「嘘じゃねェです。男に二言はありやせんぜ」
「だって、沖田さんは神楽ちゃんが好きなんじゃ…」
だから気持ちに整理をつけたというのに。
自分の努力は何だったというのだろう。
信じられるわけがない。
そんな、自分に都合のいいことなんて、起こるわけがないのだ。
「…それ聞いて、飛び出して来たんでさァ。冗談やめて下せェ。よりにもよって、チャイナたァ、何の嫌がらせですかィ」
「なっ!お前なんかこっちから願い下げネ!!気持ち悪いアル!!」
盛大なため息をついて、沖田は神楽を見やる。
今まで黙っていた神楽も、そのセリフに心底嫌そうな顔で反論した。
「誤解、ってわかってもらえましたかィ?」
真っ赤になってうつむく妙を、沖田はそっと覗きこむ。
神楽はそんなふたりの様子に、やれやれとため息をついて志村邸をそっと後にした。
彼女もまた、自分の想い人の元へ。
目指すのは万事屋。マメな彼はきっと掃除でもしているはずだ。
「アネゴを泣かしたら許さないアル!」
そう一言大きく叫んで、全速力で走りだす。
その声を聞いたふたりは、顔を見合わせて苦笑した。
「神楽ちゃん…」
「けっ。んなこたァわかってらァ」
生意気なヤツでさァ、と悪態をつき、妙の隣に腰を下ろす。
そのまま妙の手をとって、もう一度名前を呼んだ。
「顔、上げてくれやせんか」
「…恥ずかしい」
「え?」
「恥ずかしいです。ものすごく。穴があったら入りたい…!」
消え入りそうな声でそう言って、赤くなった顔を隠すように手の平で隠した。
本当に今までの自分の努力と葛藤はなんだったのだろう。
勝手に早とちりして、決意して、恥ずかしいったらない。
嬉しさよりも羞恥でどうにかなってしまいそうだ。
「誤解が解けたんならそれでいいじゃねェですか。それよりお妙さん。返事、聞かせてもらえやせんか?」
沖田は真っ直ぐに妙を見つめて、優しくそう言った。
妙は未だ朱が残る頬で沖田を見つめ、小さく頷く。
「あの…、私も、沖田さんが好きです」
妙の言葉が言い終わるかどうかのところで沖田は妙の唇に口付けて、ちろりと舌を出した。
「これで両想いですねィ」
「…っ沖田さん!」
また真っ赤になる妙を思い切り抱きしめて、大好きですぜ!と嬉しそうに笑う。
ハッピーエンド、なのだろうか。
届かないと思っていた自分の想いが通じたのだ。
一度は諦めようと決めた想い。
もう忘れようと決めた想いがまさかこんな幸せな形で叶うとは思いもしなかったが、今はこの幸せに浸っても罰は当たらないだろう。
妙は沖田の胸に顔を埋め、空いていた両手を背中に回した。
(…あら?じゃあ神楽ちゃんの好きな人って誰なのかしら?)
神楽が笑顔になるのは、もう少し先のこと。
純情ボーイに恋をしたやんちゃガールの恋物語は、また別のお話。
ポッピング恋シャワー(突然降ってきた幸せ。これって夢じゃないのよね?)
Title: a dim memory
お待たせ致しました!リクエストして下さったyuuさまに捧げます!
遅くなってしまい申し訳ありません;;
なんだか長くなってしまいましたが気に入って頂けると嬉しく思います。
勝手に新神要素を盛り込んでしまってごめんなさい。もちろん返品可ですので、何かありましたらお気軽にご一報下さいね^^
リクエストありがとうございました!